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和波たかよし ロンドン便りNO.1
「リサイタルを前に」
4月とは思えぬ寒波にすっぽりと包まれたロンドンで、今私は、目前に迫った「バッハ、イザイ無伴奏作品全曲連続演奏会」に向けて、仕上げの練習を続けています。
バッハもイザイも、若い頃から私の大切なレパートリーとしてしばしば演奏してきた曲であり、私は「ヴァイオリン曲の横綱」とも言える傑作だと考えています。
イザイは、1969年のベルリンとロンドンでのデビュー・リサイタルでソナタの1番を弾き、翌年ブリュッセルのイザイ協会から「イザイメダル」を授与されました。それがきっかけとなって日本でレコーディングの話が持ち上がり、1971年に全曲のレコードを製作して、これが「芸術祭優秀賞」をいただいたのでした。続く1972年には東京、大阪など4都市で、イザイの無伴奏ソナタ全曲のリサイタルを行い、78年にはロンドンでも同じプログラムを演奏して好評を得ました。
バッハの方は、1966年の東京でのデビュー・リサイタルで無伴奏ソナタの1番を弾き、その頃からパルティータの3番も頻繁に演奏していましたが、他の曲は公開の場ではずっと弾かなかったのです。それというのも、14歳のとき「シャコンヌ」を勉強して先生にひどくしごかれた経験があり、「バッハは難しい」という感覚が体に染み着いてしまって、演奏することに躊躇いがあったのだと思います。しかし、29歳の1974年にスイスで、その「シャコンヌ」を含むパルティータ2番を初めて演奏して絶賛を博し、それから「バッハにも取り組んでみよう」との新たな意欲が湧いてきました。バッハを弾いていると不思議に心が落ちつき、自分が音楽と一体になれる喜びを味わうことができたのです。当時師事していたシャンドール・ヴェーグ先生の助けもあって、私は次第にバッハを弾く楽しみを知り、その深遠な世界に没入して行きました。
1991年から92年にかけて、日本でバッハの無伴奏作品全曲のレコーディングを行い、その頃から始めた「クリスマス・バッハシリーズ」では、毎年バッハの無伴奏を取り上げています。バッハを弾く機会が多くなると、それと反比例してイザイを演奏することが少なくなりました。そこで、「もう一度イザイに力を入れてみよう」と考えた結果、96年からバッハシリーズで、バッハとイザイを2曲ずつ演奏するプログラムを始め、これが好評を得たことから、「ロンドンでもやってみよう」と今回の企画を立てました。
日本では3年がかりで行う全曲演奏を、僅か2週間の内に弾こうというのですから、私にとってはちょっとしたチャレンジです。ロンドンでは無伴奏ヴァイオリンのリサイタルがそれほどポピュラーではないので、どの程度お客様が来て下さるか不安もありますが、自分自身を向上させるステップとして、前向きの気持ちでコンサートに臨もうと考えています。
今、私が心がけているのは、無理をして大きな音を出すのではなく、一つ一つの音をきちんと発音し、ニュアンスの豊かな演奏をしようということです。生徒たちにもよく話すのですが、それぞれの音には言葉と同じように意味があるのです。その「意味」をきちんと伝えるには、その音が要求する発音、つまりアーティキュレーションに気を配ることが大切です。音量は大きくても、街頭演説のラウドスピーカーみたいに、なにを言っているのかわからないというのでは困る訳です。
今の日本には、ヴァイオリンでも大きい音、太い音を出すことが大事だと考えている人が少なくないようです。確かに、大きな音が出るに越したことはありませんが、人によっては無理に大きな音を出そうとして力が入りすぎ、発音が不明瞭になる危険性もはらんでいます。私は、大きな音よりも内容の豊かな音、作品の意味をきっちりと伝えられる音を目指したいと思います。
先月末、ロンドンのロイヤル・フェスティヴァルホールでピアノのアルフレード・ブレンデルが、デビュー50周年を記念するリサイタルを開き、私はそれを聴いて深い感動に打たれました。彼は、けっして大きな音は出さなかったのですが、細かい表情が手に取るように伝わってきて、その美しい響きは長いこと私の耳の奥に残っていました。私も、そのような音楽を聴衆の方々に届けることができたら幸せだと思います。
98年4月19日 和波たかよし
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