6月3日 ウィーンにて

 6月の声を聴くと同時に、私たちはウィーンへ移動したが、待っていたのは季節外れの寒さだった。日本を発つ前に携帯電話で調べた週間天気予報で、寒いのはわかっていたが、初夏の爽やかさを期待した私にはショックだった。さらに、昨日の午後からはほぼ1日雨が降り続いた。しかし、今日の午後からようやく回復に向かったようなので、残り4日間が好天に恵まれることをただ祈っている。

 ラジオや新聞でもこの異常気象について報道しており、「どんな夏になるのか見当が付かない」と思案投げ首の予報官のコメントが出ていた。日本も日照不足が問題になっているが、本当に困ったことだ。

 さて、一昨日はキュッヒル弦楽四重奏団、昨日はウィーン少年合唱団の音楽会を聴いた。どちらも、地元の音楽家の営みを知る上で、とても印象深いコンサートであった。ライナー・キュッヒル氏は日本にもなじみの深い、ウィンフィルのコンサートマスターの一人だが、ウィーンフィルは国立歌劇場のオーケストラも兼ねているから、その仕事量は半端ではない。今日は歌劇場で、シェーンベルクの音に聞こえた難曲「モーゼとアロン」の初日が開き、キュッヒル四重奏団からはキュッヒル氏とヴィオラ奏者が出演した。四重奏団の演奏会は一昨日と昨日の夜に行われたので、彼らは昼間はオペラのリハーサル、夜はクァルテットの演奏会という厳しい状況の中で演奏していたのだ。

 それはともかく、彼らの音楽は、モーツァルトやベートーヴェンにかなりロマンティックな解釈を施したものに思えた。特にモーツァルトでは、私はもう少し純粋な美しさを追い求めたいと思うところなのだが、彼らはヴィブラートをたっぷりかけて、時に演歌的とも思える表情豊かな歌を聴かせる。汚れのない澄み切った音楽というより、女性やばくちにうつつをぬかしていたモーツァルトの性格が浮かび上がる、人間味豊かな音楽だと感じた。私が演歌的と思ったものが、ウィーン独特の節回しなのかもしれない。それはとても魅力的だが、私の日本の学生には真似をして欲しくない、とも思った。ウィーンでやっている音楽は素晴らしいが、それを最高峰と決めてかかって鵜呑みにするのは危険だ、と再認識した。

 少年合唱団のコンサートは、メインがモーツァルトのハ長調ミサ曲で、これはオーケストラも付いてなかなかの力演だった。会の前半は、ハイドンの「ハレルヤ」に始まり、シューベルトやメンデルスゾーン、アメリカやオーストリアのちょっとジャズがかったモダンな歌、オーストリアの民謡、そしてヨハン・シュトラウスのポルカとワルツ、というプログラム。合唱団員にはカナダ人やアジア系の人も含まれているというから、ここにもグローバル化の波がひたひたと寄せている感じだった。

 この演奏会では、フランツ・シュロッサー氏ご夫妻と2年ぶりの再会を果たした。2004年の5月、サイトウ・キネンで訪れた時、1959年の映画「いつか来た道」に出演した合唱団のメンバーだったシュロッサーさんが会いに来てくれたことは、この日記ページにも書き込んだが、それ以来の再会だったわけだ。

 シュロッサーさんは、あの時の約束通り、合唱団が寮生活を送っているアウガルテン宮殿に私たちを連れて行って下さった。ちょうど月曜日までの連休に入ったため、ほとんどの団員は家族のもとに帰って宮殿内は閑散としていたが、どっしりとした城の中でたくさんの絵や装飾に囲まれて過ごす生活は、文化的な栄養をたっぷりと受ける素晴らしいものに思えた。

 ここのロビーには、合唱団を紹介する映像のプログラムが取り込まれたコンピュウタが置かれている。シュロッサーさんがそれを操作すると、なんと「いつか来た道」の映画が始まったのである。ドラマのクライマックス、合唱団員が甲府に住む病気の稔を訪ねてくる場面を中心に、およそ15分にまとめられたものだったが、シュロッサーさんの力で、とても鮮やかな映像に直されているという。日本以外でこの映画に接したのは初めてだっただけに、何か不思議な感覚に打たれた。シュロッサーさんがあの時のメンバーの一人であり、今も合唱団を支える組織の理事として活動しておられるからこそ、この映画が合唱団を紹介するプログラムに織り込まれたのに違いない。嬉しいことだと思った。

 今日は、友人のカリン・トリップさんがご自宅でサロンコンサートを企画してくれ、10数名の方々に演奏を聴いていただいた。歌手であるカリンさんもモーツァルトのリードを歌い、最後は3人でマルクスという人のロマンティックな作品を演奏した。

 カリンさんのご主人は、もとウィーンフィルのフルート奏者、ウェルナー・トリップ先生である。トリップ氏とは、1999年の私の室内楽シリーズで共演していただき、2003年の秋にはウィーンで再開した。その折、トリップ家で昼食をご馳走になった後、我々4人だけの家庭音楽会を即席でやり、素晴らしい思い出になった。その時ドニゼッティのソナタを美寧子のピアノと演奏して下さったトリップ氏は、なんと1ヶ月後に突然亡くなられてしまった。あの時の家庭音楽会の雰囲気を再現したいとの気持ちもあって、今回のハウスコンサートとなったのだった。

 明後日は田島高宏君がブダペストでブラームスを演奏するが、この音楽会の指揮者、宮城敬雄氏も、嘗てウェルナー・トリップ氏と協演されたことがあるためカリンさんとは親しい間柄であり、カリンさんもブダペストへ聴きに行くとのことで、明後日は3人で列車の旅をすることになった。いろいろな偶然が重なってのことだが、月曜日は楽しい1日になりそうだ。その前に、明日は完全休養日。気が付いたら、帰国の日までもう4日しか残っていない。十分に心身を休め、リセットして日本の生活に戻るために、明日の休みは貴重なものになるだろう。何とか天気に回復してもらいたいものである。

和波たかよし

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