6月8日 日本へ出発の朝に

 帰国の朝が来た。昨夜遅くなったので、8時半ぐらいまで寝るつもりだったが、ゴミ集めの音か何かで7時には起こされてしまった。不本意だが、「間もなくウィーンを離れるのだな」と思ったら寝られなくなってしまった。

 そういえば、ゴールデンウィークの最中にも、高校時代の同窓会に関係のある電話を、朝の7時にかけてきた奴がいた。面識のない人だったが、寝ぼけた状態で話したので、あまりよく覚えていない。そして、眠りを破られたという無念さと恨みだけが残った。本当の急用があるかもしれないから、電話を止めてしまうわけにはいかない。でも、多くの知り合いは私が寝坊なのを知っているから、そんなに早く電話してくることはない。いくら何でも、7時に他人の家へ電話するのは非常識ではなかろうか。

 こんなことを書きながら、ウィーンのホテルで毒づいている私は、外を通って雑音を発した車にかなりの恨みを抱いている。居心地の良いホテルなのだが、次回は滞在先を代えた方がよいかもしれない。もう一つ今回恨めしかったのは、天候である。とにかく寒すぎた。ようやく昨日から、コートなしでも歩けるようになったが、時すでに遅し、である。今日は最高気温が20度を超えそうだとラジオが報じた。せめてこの週末をウィーンで過ごせればよかったが、そうはいかない。もう日本での用事が待っているし、今はヨーロッパからの飛行機が込んでいて変更もできない。どうやら今日も満席らしいから、覚悟のフライトになりそうだ。

 まあ、愚痴を言うのは辞めよう。短かったけれど、本当に楽しく充実した時間を過ごせたのだから。本当はもう少し休養したかったのだが、まあ仕方がない。気分を新たに、日本の生活を始めるとしよう。

 一昨日はポリーニの素晴らしい演奏を、ステージの近くの席で堪能した。インターネットで予約した席はステージに近すぎて、音の点では残念だったが、ポリーニの息遣いや、時々発する声までよく聞こえて、ある意味では面白かった。演奏は堂々として確信に満ち、非の打ち所がない。どうしてあんな風に弾けるのかと、ただ感心するばかりであった。

 昨日は国立音大を訪ねて、ピアノのクユムジャン先生のレッスンを見学させていただいた。美寧子の生徒の一人が、ウィーンの講習会でこの先生に師事したので、どんな教え方の先生なのか見学したいと、美寧子がお願いしたのだった。私にとっても大変興味深いレッスンで、得るところが多かった。曲を細部までよく研究し、楽譜を読み解き、自分の音、あるいは室内楽なら他の奏者の音を注意深く聴きながら演奏を作り上げていく大切さを終始強調しておられ、私たちの音楽に向かう姿勢と同じだ、と強い共感を覚えた。

 私たちのために生徒を選んで下さったのかどうかはわからないが、受講した生徒の多くが日本人だった。そこで問題だと思ったのは、彼らの演奏力よりも、語学力と理解力の足りないことであった。まだこちらへ来て間のない人もいたが、それでも先生が言われることをほとんど理解できないような状態では、なぜわざわざウィーンまで来てレッスンを受けるのかわからない。演奏の内容にしても、もっとよく準備して留学すべきだ、と思うケースが少なくなかった。

 私が懸念するのは、日本における舶来主義がいっこうに改まらないことだ。私が勉強したのは、もう40年も前のことだ。あれから日本の音楽水準はめざましく向上し、教育のレベルも欧米との差が小さくなっている。ヨーロッパの先生と同じ程度の指導ができる日本の先生も大勢おられるはずだ。それなのに、わざわざ外国まで来て音楽の基本的なことで注意を受けなければならないのは、恥ずかしいことと言えよう。もちろん、能力がそれほど高くない人でも留学するのは自由だし、私がとやかく言う筋合いではない。ただ、日本で指導に当たっている者の一人として、日本ではあまり勉強せず、演奏も言葉もあやふやなままで留学するようなことは認めがたいのである。大きなお世話であることは重々わかっている。だが、留学留学と騒ぐ人たちには、もう少し足下に目を向けて欲しい。君たちの国でだって、素晴らしい音楽教育を受ける機会はあちこちに転がっているのだよ、と。

 昨夜は国立オペラで、シェーンベルクの「モーゼとアーロン」を鑑賞した。去年「グレの歌」で一緒だったトーマス・モーザーを中心とした素晴らしい歌手たちの柔らかい声と、洗練されたオーケストラやコーラスの響きで、おそらくこれ以上は望めないだろうと思えるほどレベルの高いシェーンベルクが聴けた。ただ、私はどうしてもこの音楽に付いていくことができない。4年前にミュンヘンで聴いて拒絶反応を覚えたが、今回は2度目だからもう少し楽しめるかと期待していた。でもやはりだめだ。この音楽はわからないし、感動も覚えない。ただ、ミュンヘンの時のように「早く終わればいいのに」とは感じなかった。それだけでも進歩と言うべきだろうか。いや、それは私の進歩ではなく、演奏の素晴らしさに追うところが大きいと思う。あの響きは、たとえ感動できなかったにしても、やはり忘れられない印象を私に残した。それらの経験を土産に、私は間もなくウィーンの空へと飛び上がる。

和波たかよし

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