7月6日 モーツァルト
またまた長い間、このページへの書き込みをサボってしまった。今年度は生徒数がやや減ったので、レッスン時間が過去4年間に比べて1割ほど少なくなっている。今はコンサートもあまり多くないので、私としてはかなり「暇がある」という実感を持ててもよいはずなのだが、実際はむしろ逆なのである。なぜこんなに能率が悪いのか、なぜ何もできないうちに日にちだけが過ぎていくのか、ともどかしく思いながら暮らしている。
これはなぜなのだろう。年のせいで仕事の能率が落ちているのだろうか。いや、あながちそうも言えないような気がする。当然のことだが、私たち演奏家は、楽器を弾く技術や作品の表現法を毎日練習している。その練習には「終わり」がない。ある演奏会に向かって練習を重ね、「今回は十分な準備ができたな」と納得して本番に臨んだとしても、本番が終わってしまえばそれは過去の出来事になる。もし次の週に同じ曲を弾くなら、また練習を続けるわけだ。だから、一つの演奏会に向かって準備をする場合でも、時間があればそれだけ練習量が増え、研究が深まるというわけである。
今私は、8日に迫った狛江でのコンサートに備えて、モーツァルトを中心としたプログラムを練習している。CD録音などでベートーヴェンを弾く機会が多かったが、それが一段落して、今はモーツァルトだ。
ホールの担当者から、「和波さんにとってのモーツァルト、といった話を入れていただけると有り難い」と連絡があった。どんなことを話せばいいかとつらつら考えてみたが、結局のところ、モーツァルトのような素晴らしい音楽について語ることは難しいし、あまり意味がないとの結論に至った。私は演奏家なのだから、曲への思いは演奏で表現すればよいし、そうあるべきなのだ。
とはいうものの、今回の音楽会は「お話し付きで」との依頼なので、何か話さねばならない。モーツァルトの素晴らしい音楽を阻害しない程度に、楽しいお話しができればと思っている。
モーツァルトを練習していると、何か心がきれいになるような快感を覚える。そして、実際にヴァイオリンの音も少し良くなるようである。力を抜いて、上品でエレガントな音を心がけてさらうのは、とても勉強になる。学生時代から、私は始終モーツァルトを練習して苦しみ、そしてその後に来る喜びを味わってきた。今回もまた、あの新鮮な喜びに到達したいものだ。
もう一つ、今回の音楽会で私が目指すのは、音楽の中で遊び、楽しんでいる自分を聴いていただくこと。実はこれが一番難しいのだが、60代の私の大きな目標なのである。本当の意味で音楽を楽しみながら演奏できるヴァイオリニストになること、そしてお客様も一緒にその楽しさのボルテージをどんどん上げていけるようなコンサートを作ること、それが今私の最も望んでいること、やりたいことなのである。
和波たかよし
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