7月21日 悲喜こもごも
私が学生の頃は、7月21日がいつも夏休みの初日だった。そしてそれは、いつも暑い真夏の日だった。だが今日は、夏と呼ぶにはほど遠い涼しさで、雨も降った。いつ梅雨が明けるのか、気象庁もよくわからないらしい。困った天候である。
こんな天気だから、気分もあまり快適ではない。真夏の暑さがやってくると「俺の季節だ」と元気になるのだが、今月上旬に何日かそんな日があったものの、また梅雨に戻って私の気分を滅入らせている。だが、滅入っている程度ならまだ幸せな方だ。長野県などあちこちで、大雨による被害が続出している。早く雨が収まるようにと、ただ祈るのみだ。
今週の火曜と水曜は、名古屋の愛知県立芸大で前期試験があり、私は泊まりがけで採点に当たった。大学の先生方は皆とても親切にして下さるし、定宿のホテルアソシア名古屋ターミナルも、本当に居心地がよい。従業員が、実に適切なサポートをしてくれるのだ。だがそれでも、2日間を一人で過ごすのはやはり疲れるし、ストレスも貯まる。大学では、普段滅多に立ち入ることのない大きな教室で試験をするので、そこからトイレへ行ったり、自分が普段レッスンをしている部屋へ行くには、いつも誰かの手を借りなければならない。もちろん、誰も嫌がったりせず、必要に応じてサポートして下さるのだが、やはりこちらには遠慮もあるし、一人で動けないことへのもどかしさがストレスを運んでくる。そうしたことに一々ストレスを感じないよう、性格を改造しなければ疲れ果ててしまいそうだ。
だが、とりあえず夏休み前の日程は終了した。私は4月から12回名古屋往復をやったが、これで9月末までは早朝の新幹線通勤からも解放される。名古屋の学生たちとも少しずつ気心が知れるようになり、それなりに楽しいこともあるので、休みが明ければまた元気に通い始めることができるだろう。
ところで、ちょうど20年前に東京で行われたチャリティーコンサートに招聘したロシアのバイアン奏者、ヴラディーミル・カリストフから突然電話が入った。結婚20周年記念の日本旅行を計画し、8月1日から数日間東京に滞在すると言う。彼は崩壊間近のソ連を脱出してイタリアに住み、今もローマで暮らしている。私は、1997年にローマで演奏した時に聴きに来てくれて以来の再開となる。彼の求めに応じて、東京に関するいろいろなインフォメーションをメールで送っているが、20年前、彼を招待するためにモスクワまで足を運んで視覚障害者協会のお歴々と交渉したり、日本のソ連大使館と談判したりした頃のことがやたらと懐かしく思い出される。再開がとても楽しみだ。
和波たかよし
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