9月30日 9月が終わる

 サイトウ・キネンやコンクールの審査で忙しかった9月も、間もなく終わろうとしている。私は普段の生活に戻り、今週から名古屋通いも再開した。夏休みが2ヶ月続いている間にすっかり怠け癖が付いてしまった感じで、5時に起きて6時半に家を出るなどという芸当ができるかどうか、自信がなかったが、いざとなればさほどのことはなかった。

 この日はヴァイオリンを持って出かけたため、美寧子にも品川駅まで付き合ってもらった。今年の春から、最寄りの尾山台駅まで送ってもらって、後は一人で行っていたが、久しぶりに美寧子に新幹線ホームまで同行してもらい、改札口からホームへの道順もしっかりおさらいすることができた。通路を歩いてエスカレーターに乗るだけの簡単な行程なので、一人で歩くのもあまり難しくはないのだ。

 最初は、改札口からホームまでもJRの係員の誘導を受けていたが、6月頃から一人で行くようにした。それでも駅員は心配らしく、時々声をかけてくれる。そうした小さな親切の積み重ねのお陰で、私は名古屋通いを続けることができるのだ。

 楽器と重いリュックサックを持って名古屋駅で地下鉄に乗り換えるところが最も気がかりだったが、ここもJRと地下鉄の係員がとても親切な人で、何の問題も、不安もなかった。時として、あまり優しくない係員に出会うこともあるのだが、この日は運が良かった。来週からは楽器がないから、移動はずっと楽になる。でも油断せず、緊張感を持って行動しなければならない。それが疲労を誘発するのは仕方のないところだろう。強い要請を受けたとはいえ、結局は自分でこの職場を選んだのだから。

 この秋は、私と愛知県芸がいっそう親密な間柄になれるかどうかの試金石とも言える出来事が続く。まず来月11日には、名古屋コンサートホールで開かれる演奏会で、先生方や大学院生の弦楽合奏に加わり、チャイコフスキーの弦楽セレナードを弾く。続いて11月3日には、学内の芸術祭で学生オーケストラとブラームスの協奏曲を演奏することになった。少々出しゃばりかとも思ったが、私の本業は演奏なのだから、生徒を教えるだけでなく、自分の演奏を通じて学生たちに何かを伝えるべきだ、と思ったのだ。それがどんな反応で迎えられるか、やってみなければわからないが、とにかく楽しみなことだ。

 一方、今の私は、ショスタコーヴィチのソナタの勉強に悶えている。私の憧れのヴァイオリニスト、ダヴィード・オイストラフが還暦祝いにショスタコーヴィチから送られたソナタだ。私が、オイストラフの生演奏でこれを聴いたのは、作品が発表された翌年、つまり彼が61才の時である。今の私と、まったく同じ年だったのだ。あの頃のオイストラフがどんな心境でこの難曲を弾いたのかに思いをはせながら、「オイストラフに近づきたい」との私の永遠の願いをこの曲に託して演奏したいと考えている。ピアノにとってもやっかいな曲で、美寧子には気の毒でもあるのだが、「そんなに弾きたい曲なら」と付き合ってくれている。最初の本番は10月28日、あづみ野でのコンサートだ。ここで手応えが感じられれば、いろいろなところで弾いていきたいと思っている。

今日は、近くの神社のお祭りで、ずっと祭り囃子の音が聞こえていた。まさに秋たけなわである。そして、明日からは10月だ。新たな忙しさに向かい、元気を出して行こう。

和波たかよし

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