11月1日 大切な人がまた一人いなくなった
妻の伯父が、今朝息を引き取った。突然の出来事だったので、まだ信じられない気持ちだ。
初めがあれば、必ず終わりが来る。それはわかっていることだが、理屈も何も超えて、とにかく悲しい。もうあの伯父がいないのだと思っただけで、目が潤んでくる。本当にもう会えないのだろうか。
明日から私は名古屋だ。珍しく美寧子を伴って、いつも一人で通勤している長久手の愛知県芸へ行く。午前中にオーケストラとリハーサル、午後は練習、夜は何か美味しいものでも食べて翌日の本番に備える。そんなプランだったが、急遽伯父の通夜が営まれる大阪へ行くことにした。
伯父はずっと宝塚に住んでいた。そして葬儀は、私が子供の頃を過ごした甲東園の隣駅、仁川の斎場で行われる。毎日のように乗っていた阪急電車に、久しぶりに乗ることになる。もう会えない伯父と会うために。
明後日は、愛知の学生たちとブラームスの協奏曲を弾く。私の最も好きな協奏曲、たくさんの思い出が詰まった曲だ。近しかった人の人生が終わったその時、私は悲しみを込めてブラームスを弾く。そしてそれが、学生たちとの喜びの時に変化することを願って、ブラームスに没入する。生きているものは、精一杯生きてできることをしなければならない。私にとって、しなければならないのは音楽だ。ヴァイオリンで人の心を動かす。生きる喜びを伝える。でも、伝えるのは喜びばかりではない。今回は命の尊さ、大切な人を失った悲しみも一緒に伝えたい。
明日は早起きだ。印象に残る、そして疲労困憊の二日間になるだろう。でも、伯父の家族の悲しみに比べれば、物の数ではないはずだ。早く伯母や従姉妹にも会いたい。私が会っても慰めにはならないだろうが、それでも力づけてあげたい。疲れるなどとは言っていられない2日間だ。
和波たかよし
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