3月2日 チューリヒにて
このところ夜の遅い日が続いたため、日記の更新ができなかったが、私たちは元気に旅行を続けており、ヨーロッパ滞在は後2日を残すのみとなった。
28日の水曜日はチューリヒに戻り、ベルナルト・ハイティンク指揮トンハレ・オーケストラによるブルックナーの交響曲第8番を聴いた。嘗て私も演奏したことのあるこのホールは、いかにもヨーロッパの古いホールらしいふっくらと豊かな響きを持っている。客席の床が板張りなので、熱狂した聴衆が足を踏みならすと、地鳴りのようなすごい音になる。このブルックナーでも、その音が聴かれた。そうした一つ一つの音に、私はスイスに住んでいた若い頃を思い出して夢見心地になる。
演奏は、熱のこもったスケールの大きなもので、ブルックナーの壮大な世界に浸りきって幸せであった。ただ、ホールの豊かな響きに対して、ハイティンクは少しオーケストラを鳴らし過ぎではないかとも思った。現代風の演奏に慣れた耳には、声部間のバランスなどにもう少し配慮を払って贅肉をそぎ落とした方が、このホールには相応しい響きが得られるとの印象を受けた。ハイティンクは、2001年にストラヴィンスキーやラヴェルの作品を聴いて強く感動したが、もしかしたらそういう作品の方が得意なのかもしれない。
この演奏会の終演後、もう10年以上前に桐朋学園大で、生徒の伴奏で私のレッスンをうけたことがあるという女性に再会したし、家に泊めてもらうほど親しくしていた日本人のオーケストラ・メンバーにも会った。この旅行は、いろいろと懐かしい人に会えて嬉しい。
昨日は、チューリヒのオペラハウスで、アーノンクールの指揮する「魔笛」を鑑賞した。予想したことではあるが、演奏は隅々まで実によく行き届いていて、バランス感覚も絶妙。特に、歌手もオーケストラも音量を落としながら、緊張感を持続させて音楽を進めてゆく様は見事だった。終わり近く、パパゲーノとパパゲーナが早口言葉のような二重唱を歌うところで、アーノンクールのてきぱきした音楽に歌手人が時々乗り遅れそうになったが、それを覗けばオケピットとステージのアンサンブルはまったく隙がなかった。本当に後味爽やかなオペラだった。
今日は、1983年まで住んでいたバーゼル郊外のエッシュという町を訪ねて、私はまたまた夢心地になった。以前住んでいた建物は、老人ホームの分家のような使われ方をしていて、アルツハイマーのお年寄り、10人ほどが生活していると聞いた。門のところの感じは昔のとおりだったが、建物の中はたぶんすっかり模様替えされてしまったことだろう。私たちが居た時は、2階の二部屋のアパートを使い、下には大家さんのご老人が、広いスペースに一人で暮らしておられた。しかし、彼が亡くなってもうずいぶん日が経つから、建物は売りに出されたのだろう。私は今でもスイスのアパートの夢を見るが、もうあの部屋は残っていないのか、と感無量であった。
まだまだ書きたいことはあるのだが、明日はロンドンに戻ってまた忙しい1日となる。続きは、日本行きの飛行機の中で書くことにしよう。
和波たかよし
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