5月13日 母の日に思う
今日は母の日、私の母は1月に米寿を迎えた。スムーズに歩くことが難しいので、外出には車椅子を使っているが、今も元気で「アカンパニー・グループ」という視覚障害者向けのボランティア活動を続けている。階段の上り下りが不自由なので、最近は隣にある我が家の2階のダイニングにもあまり来られなくなったが、今日は去年の大晦日以来、久しぶりに訪ねてくれ、一緒に食事をした。
妻が料理を作り、それをゆっくり食べながらいろいろな話をする。息子としては、正に至福の時である。普段は自分で食事を作っている母だが、たまにはこういうのも良いだろう。「たくさん食べられた」と喜んでくれた。
母なりに、自分の健康状態やボランティア活動の今後、また自身の将来を考えて暗澹たる気分に襲われることもあるようだが、とにかく無事で、長生きしてくれていることは、息子としてはなによりも嬉しい。私は今も、毎週名古屋へ行く前の晩に母を訪ねて、「明日は名古屋へ行ってくるからね」と伝える。母は、必ず息子の無事を祈ってくれているに違いない。それが、一人で出かける私を守る陰の力になっているような気がするのだ。親はいつになっても、子供への力を発信し続けてくれるのだと信じる。それは力と言うより、「愛情」と呼ぶべきものなのだろう。
今の私があるのは、母と、そして30年前に世を去った父の愛情のお陰である。そして、父の死後すぐに我が家に来て、親子の結びつきが非常に強いこの家で母と共存し続けてくれた妻に対しても、今更ながら深い感謝の念を覚える。
今の私に最も大切なのは、この感謝の念と共に日々の生活を送ることだと、私は真剣に思っている。そして、その感謝の心は、私のヴァイオリンの調べに乗せて、それを聴いて下さるすべての方に向かって発信される。これこそが、私の音楽が存在し続ける意味なのだと考えている。
今週は、ある席で講演を依頼されており、そこで少しだけヴァイオリンも披露する。「演奏」とは言えないほど短時間だが、そこにも私は、自分の心の一番奥の奥からにじみ出るものを込めて表現したいと思っている。ヴァイオリンの方はともかく、問題は講演の内容である。何をメインテーマにして話すか、いろいろな可能性の中で、今の私は迷走を繰り返している。そろそろ気持ちをまとめなければならない。
明日は、「点字毎日」のコラムで紹介しようと思っているCDが届く。ヴィヴァルディのモテット集と、スペインのオペラ「サルスエラ」からのアリアを選んだ。それを聴いて、水曜日までに原稿を書かなければならない。今週は、ちょっと忙しい日々が続きそうである。
和波たかよし
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