5月25日 国立で講演
またまた古い話で恐縮だが、1週間前の今日、私は国立音楽大学附属中学・高校のPTA総会後の催しで講演した。生徒の保護者と先生方、それに弦楽専攻の生徒たちを前に1時間ほどお話ししたのである。
特にテーマが決まっていたわけではなく、すべて私に任されたので、どんな話をしようかとずいぶん考えた。私は、演奏家として活動するに当たっては自分の視覚障害についてはあまり語らないようにしてきた。それは、私のことを「目が見えないのにヴァイオリンが弾ける」といった目でとらえられることが、自分の音楽にはプラスにならないだろうと考えているからだ。まあ、実際に目が見えないのだから、ステージに立った時に何らかの印象を与えることは仕方ないだろうが、それをできるだけ薄めて、音楽そのものを先入観無しに味わっていただけるよう、私としてはできるだけ努力すべきだ、といつも考えている。
だが、次第に年を重ねてきて、その考えが微妙に変わり始めた。1月の「アフタヌーンコンサート」で、私は点字の楽譜を持ち出して客席に見せ、「こういう楽譜を作ってくれる人たちの存在があるから、私はいろいろな作品を学び、演奏することができるのです」と話した。音楽を聴いていただくことに加えて、そうした視覚障害者の現状について少しずつ知っていただくように努力することも、これまた私の仕事なのではないか、と思うようになったのだ。
今回の国立でも、私は「感性を高める」という意味での音楽の重要性と素晴らしさについて述べた他、点字についての話もした。日本語の点字の表をコピーして全員に配り、それを見てもらいながら、「楽譜は上の4点が音の高さを、下の2点が長さを表すようになっています」などと説明した。そして、先輩の田中禎一氏が「日本の点字」という冊子に書かれた文章を引用して、「普通の楽譜はそれを実ながら演奏することを前提に作られているのに対し、点字楽譜は、曲を覚えるためのテキストなのです。私たちが弾くためには、まず楽譜を覚えなければなりません」と話した。後の懇親会で、この違いを興味深く聴いたという方がおられ、「先輩に感謝しなければな」と思ったものだ。
幸いなことに、今も日本国内で、何人かの視覚障害者が目覚ましい音楽活動を行っており、音楽家を目指して勉強中の若者もいる。それらの人たちのためにも、私は音楽家としての自分だけでなく、一人の視覚障害者として歩いてきたこれまでの道のりを、少しずつ語っていくことが大切かもしれない、と思っている。
国立では、熱心な先生方と保護者の方々に、私の話を聞いていただくことができて、幸せであった。PTAの会長さんが、閉会の言葉の中で「今度はぜひ和波さんの演奏を生徒たちに聴かせる機会があればと願う」と言われ、客席から拍手が起きた。そのようなことが実現すれば、私にとってもこの上なく嬉しいことである。
今年の秋は、さいたま市で計画されている「アウトリーチコンサート」という企画に招かれて、5校の小学校と一つの中学校で演奏することが決まっている。私の演奏と話で音楽の楽しさ、素晴らしさを伝えると共に、プラスアルファーの何かを感じ取ってもらえるよう、気持ちを込めてこれらのしごとに当たりたいと考えている。
和波たかよし
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