7月27日 今夜は松本
今、私はサイトウ・キネンで毎年滞在する松本のホテル、ブエナヴィスタの馴染み深い部屋でこれを書いている。今夜は、「萩元晴彦作品を見る会」が開かれ、30年前に私が出演したテレビ番組が上映され、ゲストとして参加したのである。
人気番組だった「オーケストラがやってきた」のプロデューサーとして知られる萩元氏は、小澤征爾氏らの音楽家とも親交が深く、また「カザルスホール」を建設してその運営に当たるなど、音楽文化の発展に大きく寄与された方である。その萩元作品の熱心な愛好者であるK氏が中心となり、松本市民タイムスの主催で、毎年この催しが開かれている。入場無料ということもあり、今日も公民館に大勢の観客が集まり、意義深い催しとなった。
上映されたのは、「ああ甲子園」のタイトルで、高校球児たちを追った番組の一つで、私が沖縄の豊見城高校を訪ねて監督や選手を取材し、お礼にバッハのシャコンヌを聴いてもらうというもの。萩元氏ならではの演出で、私にも思い出に残っている仕事である。
今日の会は、あくまでも萩元氏の作品が主役であり、私はトークで番組の背景を話したほか、少しだけヴァイオリンの音も披露した。コンサートではなかったからそれはそれで良いのだが、終わった後の食事会で、市民タイムスの担当者は、この町でクラシック音楽のイベントを作るのがいかに困難であるかを力説した。サイトウ・キネンは別格として、それ以外は供給過剰なのだと言う。しかも彼は、「社内で和波さんの名前を知っている人はほとんどいなかった」とまで言い切ったのである。私がはるばる松本まで来て、このイベントに協力しているのに、その労をねぎらってくれるはずの食事でなぜ食べ物がまずくなるような話をするのか、ちょっと理解に苦しむところだった。
でも、この担当者だけを責めることはできない。最近は、平気で人の心を傷つけたり、馬鹿にしたりするような発言をする人間が多い。先日も、母の家の玄関ドアにリモコン付きのキーを取り付けに来た人が、母に「おばあちゃん、名前や住所が自分で書けますか」と言い、母は怒りを通り越してあきれていた。同じことを質問するにも、もっと相手に敬意を払った聞き方ができるはずだ。それをおっくうがったり、相手の気持ちを考えないで軽く発言してしまうのは、現代人の風潮というか、困ったことだと思う。今日同席した担当者は、おそらく日頃の不満が口をついて出てしまったのだろう。それだけ私に対して親近感を持ってくれたのだろうが。
だが、彼の言うことは事実なのに違いない。私の名前を知る人がほとんどいないというのも、その通りだろう。日本では、クラシック音楽は娯楽の一つに過ぎない。「音楽は空気や水のように、人間に欠かせない養分なのだ」などと言おうものなら、「それはクラシック好きの一部の人間が考えることだ」などと非難されてしまう。だが、私はそうは考えない。人間が作り出した最も美しいもの、それがヨーロッパで育てられたクラシック音楽なのだ。だから、たとえそれが大人数に理解されないとしても、大衆娯楽の地位に落とすことなく、芸術としての価値を保ちながら少しずつ理解者を増やす努力をしなければいけないのだ。
間もなく私の「八ヶ岳サマーコース」が始まる。これも、いつも「コンサートにもっと多くの人が集まってくれれば良いのに」と思うのだが、それでも遠方から八ヶ岳のサマーコンサートを楽しみに出かけてくださる方もあるのだから、聴いて下さるお一人お一人の心を大切にしながら、「ここで最高の音楽を作り上げるのだ」との気概を持って、しっかり取り組んでいきたい。そして、泉郷に集まるすべての人にとって、素晴らしい時を共有できるよう、その中心になる私は音楽の力を信じて頑張らなければいけないのだ。素晴らしいクラシック音楽を守るために!
和波たかよし
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