11月5日 なぜか忙しいこの頃

 アフタヌーンコンサートが終わって、2週間余りが過ぎた。20回記念ということで、私はかなり入れ込んだ気持ちでコンサートに臨んだが、数日前からしっかり当日に向かって集中力を高めることができ、良い体調で本番を迎えた。聴いてくださったお客様からも素晴らしい反応があり、「やはりヴァイオリンで自分を表現している瞬間がどんな時よりも幸せだ」と改めて思った。

 帰りのタクシーでは、運転手が古い歌謡曲のCDを流していた。「長崎の鐘」「高原列車は行く」「白い花の咲く頃」など、私が子供の頃に流行っていた歌が、コンサートで暑くなった心と体に心地よく響いた。「また一つ大きな仕事を終えた。これを通り抜けて、少しレベルアップできたかもしれないな」と満たされる喜びを感じていた。

 その後、ほとんど休みを取っていないため、いまだに疲れが抜けなくて困っている。コンサート前は少しレッスンを間引いたので、その埋め合わせをしなければならなかったし、2月に開催する「イザイ無伴奏ソナタ全曲リサイタル」のチラシに載せるメッセージも考えなければならなかった。このチラシには、10年前にイギリスでイザイ全曲のレコーディングをした時のプロデューサー、ジョン・ボイドン氏にもメッセージを寄せてもらったが、その日本語訳がなかなかできず、とうとう大学時代の英語の先生に助けていただいて、ようやく纏めた。

 9月末のある日、電話で「メッセージをいただけないだろうか」と頼んだのだが、その夜にはもうメールが届いて、私を驚かせた。もちろん、私のコンサートに寄せるメッセージだから、私の演奏を高く評価する文章になるのは当然だろうが、その内容には心から勇気づけられた。「俺の演奏をこのように評価し、サポートしてくれる人が遠いイギリスにいたんだ」と、改めてヴァイオリニストの道を歩いてきたことの幸せをかみしめた。

 国内に留まる時間が長くなると、「俺はこれでいいんだろうか」と不安を感じることが多くなる。特に、最近のように少しずつ演奏の機会が減ってくると、自分への信頼が揺らぎそうになることもある。だが、10月20日のアフタヌーンコンサートでの手応えは、まだまだ私には上を目指す力が残っていることを確信させてくれた。音楽の演奏は、スポーツではない。肉体的には、当然若い時のようには行かないところも出てくるが、精神性や内面性を高めることでそれを補い、若い頃にはできなかった演奏を可能にすることができるのだ。それのできる者が、真の芸術家なのであり、私はその「芸術家」にもっと近づきたいという夢を持ち続けている。次の大きな目標は、来年初めのイザイ全曲演奏だが、それに向かって練習する楽しさを思うと、心が浮き立ってくる。

 36年前、世界で初めてステレオによる全曲録音を行った私が、今の肉体と心で、もう一度イザイを表現する。彼が6曲の無伴奏ソナタを作った年代に近づいた今、この作品は私に何を語りかけてくれるのだろう。そうした「作品との対話」を、多くの方々に味わっていただけることを願っている。(詳細は、コンサート情報のページに掲載しています)

 さて、忙しさの原因はそれだけではない。実は、今週末から10日間、ロシアへ出かけるのだ。残念ながら演奏の仕事ではないのだが、ロシア南西部の町、クルスクで開かれる「視覚障害者国際音楽コンクール」に、審査員として招かれたのだ。ボランティアのような仕事だが、昨年日本を訪れた友人のウラディーミル・カリストフさんから「ぜひに」と誘われた。モスクワまで飛行し、その夜列車でクルスクへ向かう。「厳しい試練の旅」になってしまうかもしれないが、ソ連崩壊後初めて訪れるロシアである。仕事の後は、モスクワでボリショイ劇場の「白鳥の湖」などを見る手配もした。とても楽しみなのだが、その旅行のために、出かける前に片づけておかねばならぬ用事が多くて、いささか困っている。

 来月末に開く門下生発表会の内容を詰めたり、あれやこれやと連絡に追われる毎日。そこへ、生徒に関するちょっとした問題なども起こって、私は少々浮き足立っている感じだ。折しも、日本の政界は大揺れに揺れている。しかも、何のための揺れなのかわからない揺れで、皆が右往左往しているように見える。私の心の揺れは、決して無駄な揺れではなく、建設的で希望へと繋がる揺れであって欲しいものである。

和波たかよし

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