11月16日 クルスクの夜に

 ロシアに来て、6日目の夜が更けようとしている。私は、クルスクの盲人音楽学校の1室にこもってこれを書いている。近くに物音はなく、隣室で練習する妻のピアノの音だけが聞こえる。私もさっきまでヴァイオリンを弾いていたのだが、コンクールの打ち上げでワインを飲んでしまったため、頭痛を覚えて弾くのを辞めた。

 過去の4日間は、実にユニークな経験をした。この「専門学校」の主催で開かれた「第3回視覚障害者音楽コンクール」には、50数名が参加したが、私は最も年齢の若いグループ、12才から16才までの審査には加わらず、17才から20才までのグループと、それ以上で35才までの青年グループの39人を聴いた。ピアノも弦楽も、声楽も管楽器も、さらに民族楽器までも一緒に審査するという、かなり大雑把なコンクールだが、主催者は真剣に準備をし、この学校の生徒だけでなく、モスクワやサンクトペテルブルグ、さらにもっと遠いところからも参加者が集まって、真剣な演奏を披露した。

 私は、友人のヴラディーミル・カリストフに強く誘われて審査員の一員に加わったのだが、彼は今イタリアに住み、このコンクールを国際的な広がりのあるものに発展させたいとの強い意欲を持って、主催者と協力して運営に当たっている。ただ、クルスク自体がかなりローカルな町である上、ロシア固有の文化というか、ものの考え方が傷害となって、あまり大きな広がりを持つことができていないような印象を受けた。結局、外国人の参加者は、カリストフが連れてきたナポリ出身のピアノの学生、ダリア君一人であった。旧ソ連の国々や、東欧諸国からの参加もなかったのは、少し意外であった。

 ただ、日本と比べれば、やはり視覚障害者の音楽熱は高いようだし、特に声楽のレベルの高さには感心した。ここでは、順位はあまり大きな意味を持たないように思われるが、「特賞」を授与されたのは、この学校の生徒のサキソフォン奏者、続く第1位がダリア、後はロシアの民族楽器のバイアンや、声楽家たちが受賞した。サキソフォン奏者の腕前はかなりのもので、晴眼者にごしても十分やっていけると感じた。イタリアのダリアは、自分で曲を書いたり、ジャズを弾いたりもする男で、即興演奏などには長けているようだが、クラシックの演奏家としてはやや弱い。しかし、その弱さは目が見えないことから来る弱さと言うよりは、むしろ「クラシックの勉強が足りないため」と私は思う。ジャズや即興演奏に手を染めるのも良いだろうが、クラシックの素晴らしい作曲家たちのスタイルを真摯に学び、その音楽を守り、伝えていこうとすることこそ重要なのだと、私は強く思う。その点で、このコンクールの参加者たちには幾分がっかりさせられたし、指導の難しさも痛感した。

 とは言うものの、日本に比べればやはり「ここは音楽がいっぱいだな」とうらやましく思った。コンクール前日のコンサートで聴かせてくれたこの学校の合唱は、とても綺麗な声と表情でロシアの歌を歌っていたし、バイアン奏者にも確かな腕前の者が少なくなかった。文化の違いと言ってしまえばそれまでだが、日本の視覚障害者に対する音楽教育も、もう少し活気のあるものにならないかとつくづく思う。

 審査の仕事が長時間にわたった上、私の要求した通訳が来なくて、カリストフが懸命に英語で手伝ってくれたものの、審査会でのディスカッションなどではとても気を遣い、疲れ果てた。おまけに、コンクールのなかった昨日は1時間のリサイタルを開き、聴衆からの質問にドイツ語の通訳を通して答えなければならないなど、ずいぶん頭の体操もさせられた。お陰で、この町はホテルと学校の往復の繰り返しだけで、散歩をする暇もないまま終わってしまった。もっとも、雪の日が多くて普通の靴で歩くのは少々危険でもあったのだが。

 今夜は、来た時と同じく、夜行列車でモスクワへ戻る。モスクワでも視覚障害者に演奏を聴いてもらったり、盲学校を訪問したり、オペラやバレエの鑑賞など、かなり込んだ予定を入れてしまったが、ここと違って大都会のモスクワは、どんな感じなのだろう。クルスクの町、なかんずくこの学校の中には、何となく旧ソ連の臭いが残っているような感じを受ける。校長の権力が絶大で、それだからこそこうした教育の水準が保たれているのだが、何となく全員が彼に阿るような態度を示しているように見える。日本は、個人がその力で物事を動かすことが難しくなっているが、ここではまだ独裁者が存在するようだ。その独裁者が、この学校のように良いことをしてくれれば問題はないだろうが、一つ間違えばおかしなことになる危険性もはらんでいるような感じがする。人はとても親切なのだが、どこか物事の運び方に不自然なものを感じてしまうのは、旧ソ連への偏見があるからだろうか。とにかく、ここでの経験は、時間をかけて私の中でゆっくり消化したいと思っている。それが私の視野を広げ、私が関わる日本の人たちや事柄に、何かしらの良い影響を及ぼすことができればと願っている。

和波たかよし

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