11月18日 モスクワに戻って

 モスクワに戻った私たちは、1979年頃に立てられた巨大なホテル、コスモスに入った。日本からモスクワのホテルを予約しようとしたら、ツインの部屋で1泊6万円と言われ、飛び上がった。そんなに高いのではどうしようもないから、友人のカリストフに助けを求めたら、彼が懇意にしている旅行者の人に頼んで、ロシア人の泊まる値段でここを予約してくれたのだ。それでも1泊3万円だから安くはないが、クルスクに比べてずっと快適な部屋に落ち着き、心の安らぎを取り戻すことができた。法外な値段ではあるが、インターネットにも接続でき、1週間ぶりにメールを受信して、なにか普段の生活に戻った安心感を覚えるのは、「自分もインターネット中毒に冒されているのかな」とかすかな不安も感じるのだが。

 昨日の午後は、モスクワの盲人連合の建物にあるホールで、小さなコンサートを行った。しかし、3時から演奏するのだと思っていたら、まずカリストフの「音の絵」と称するアートの上演があり、4時半まで待たされる羽目になった。言葉が通じないための誤解もあったのだが、ただでも夜行の旅で疲れ切っていた私は、もう切れる寸前まで行ってしまった。だが、「ロシアへ来ることも、ここで弾くことも、自分の判断で引き受けたのだから、ここで切れてはいけない」と言い聞かせ、なんとか無事に演奏した。聴衆は多くはなかったが、終わると「スパシーヴァ(ありがとう)」と声をかけてくれる人もいて、和やかな雰囲気のうちに終わった。

 その後は、妻と二人だけで「新オペラ劇場」へリムスキー・コルサコフの「雪娘」を見に行ったが、タクシーが別の所へ連れて行ってくれたりで、本当に目的地に行き着くのかはらはらしてしまった。オペラ事態は、とても緊張感のある良い演奏で、十分に堪能した。歌手たちも好調で、民謡風のメロディーがたっぷり織り込まれたロシア的な音楽に、私は心からの満足を覚えた。

 だが、終わるや否や、私たちは厳しい現実世界に放り出された。カリストフは、劇場でタクシーを予約してもらえと言ったが、英語のできる係と交渉したものの、電話はできないと断られた。通りでタクシーを拾おうとしたが、全然無理なので、結局20分余りも雪の道を歩いて、ようやく地下鉄の駅にたどり着き、電車を2度乗り換えてホテルへ帰ってきた。ヴァイオリンと重い荷物があったので、美寧子も私も、もう疲れ切ってしまった。私ほどロシアへの思い入れが強くなさそうな美寧子にとっては、「なんで亭主の道楽に付き合ってこんなところまで来なければいけないんだろう」と思ったかもしれない。当分は、彼女のご機嫌を損ねないように注意しなければいけないだろう(笑)。

 今朝は、40年前にオイストラフに会うためにモスクワ音楽院を訪れた私に、オイストラフのレッスンを補助する形で長時間のレッスンをして下さったヴィクトル・ピカイゼン氏と連絡が取れ、明日の夜会えることになった。今日はボリショイ劇場へ「白鳥の湖」を見に行って、子供の頃から大好きなこの音楽に浸ることにしている。私のノスタルジーを大いに満足させてくれるモスクワ滞在になりそうだ。

和波たかよし

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