2月15日 明日は名古屋
静岡県の福田でイザイの全曲を弾いてから、瞬く間に3週間が過ぎた。あの時は、10数年ぶりに全曲を通して弾くということで、かなりの緊張感をもって臨んだが、さほど疲れを感じることもなく、楽しみながら弾き通すことができた。時間的には普通のコンサートと同じ長さだが、演奏する方から見ればフルマラソンのようなプログラムなので、それだけに「余裕を持って完走できた」との満足感を味わった。お客様のほとんどは、イザイを初めて聴いた方々だったと思うが、終演後には「面白かった」「楽しかった」など、嬉しい反響が返ってきた。
もちろん、反省点もいろいろあった。それらを修正したり、他の演奏家のCDを聴いたり、私なりに研究を重ねてきたが、途中で問題も起きた。まず、楽器の調子がおかしくなり、どうしても自分の望む音が出なくなったのだ。おかしいのは楽器ではなくて自分かもしれない、そう考えてしばらく練習を続けたが、どうしても納得できないので、いつも私の楽器のメンテナンスをしてくれているジェローム・ダリエル氏を訪ねて調整してもらった。
僅かな時間だったが、音のバランスが良くなり、「これならいける」と安心して帰ってきた。雨の日で、私は一人で千駄ヶ谷まで行かなければならなかったため、タクシーを利用した。ドライバーは親切な人で、作業の間、25分ほど待っていてくれた。
他にも悩みはあった。他人から見れば「何をいってるんだろう」と思われてしまいそうなことなのだが、なぜ36年前のイザイ全曲演奏のようにチケットが売れないのだろうか、という悩みである。まだ駆け出しだった私が、このプログラムで文化庁の芸術祭、レコード部門の優秀賞を得、それを記念する形で全曲リサイタルを開いたのは、1972年の2月22日のこと。東京文化会館小ホールは立ち見が出るほどの盛況だった。
だが今回は、それより一回り狭い浜離宮朝日ホールなのに、まだ空席が少なからず残っている。私は夜の開催を望んだが、「少しでも人が集まりやすい方がよい」との音楽事務所の意見に説得されて、日曜日の午後の開催に同意したのだが、それでも売れ行きは芳しいとは言えない。もちろん、熱心に聴きに来て下さる方は多いのだから、そのお客様のために真剣に演奏するのは当然だが、「俺のイザイならもう少し集まってくれるだろう」との甘い読みが私の心にあったのは否定できない。
私は、36年前のノスタルジーに浸るために演奏するのではない。今も、自分のイザイがきちんと通用することを証明し、さらにここから自分のキャリアを発展させたいと願って、開催を決めたのだ。だが、世間はどう思っているのだろうか。もしかしたら、私は過去の成功の思い出にくっついて生きている、どうしようもない人間だと見られているのだろうか。そんな思いに攻められる数日を過ごしてしまった。
だが、今の私の心には別の思いが宿っている。とにかく、私はイザイを弾きたいと考え、このリサイタルを企画した。東京は自主企画だが、名古屋はホールが主催して下さるコンサートである。そこでベストを尽くすことに、集中すれば良い。それを皆さんがどう評価してくださるかは、演奏が終わってからのことだ。「昔はうまかったんだろうね」などと言われるような演奏にはならない。そう信じたから、このコンサートを開くことにした。その気持ちが揺らいだら、それこそ聴いて下さる方々に申し訳ない。
人間とは、弱く浅はかなものではないだろうか。いや、私は、と言い直すべきかもしれない。とにかく、そんなつまらないことを考えてくよくよする自分がいる。それは、紛れもない事実だ。でも、そんな自分の弱さも認めてやりながら、私は静かにイザイと向き合おうと思っている。そして、今の私がこの作品に託せるものを、そのまま聴いて下さる皆さんにお伝えしたい。
明日は名古屋である。1981年から、毎年スタジオ・ルンデで演奏してきたが、ルンデが閉鎖されて、去年はコンサートができなかった。今、名古屋は私にとって特別な町である。その名古屋の皆さんと、イザイを通じていっそう仲良くなれたらと願っている。
和波たかよし
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